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名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)1137号 判決

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 大脇雅子

右同 名嶋聰郎

被告 乙山春子

右訴訟代理人弁護士 榊原章夫

主文

一  被告は、原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成二年二月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一〇〇〇万円及び平成二年二月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、被告が原告の夫である訴外甲野太郎(以下「太郎」という。)と情交関係をもったことによって原告が被った精神的損害につき、不法行為に基づく損害賠償金の支払いを求めた事案である。

一  原告の主張等

1(原告の地位)

原告は、昭和四六年一一月、太郎と結婚し、昭和四七年一一月一三日、双方の間に男子一郎をもうけ、太郎とその両親とともに鰻屋を営んでいた(当事者間に争いがない。)。

2(加害行為)

(一)  被告は、平成元年四月ころ、名古屋市東区《番地省略》丙川一階所在のスナック「丁原」において太郎と知り合い(当事者間に争いがない。)、同人に妻と子があることを知りながら、そのころ情交関係を結んだ。

(二)  被告は、太郎とともに、同年七月二八日から同月三〇日までフィリピンに旅行し(当事者間に争いがない。)、同年一〇月二一日ころ下呂に旅行し、その間、情交関係を深め、太郎は、深夜まで家に帰らないことや外泊することがあった。

さらに、被告は、同月ころより、太郎が自宅近くに賃借した戊田マンションに住み、太郎との情交関係を継続した。

(三)  被告と太郎との情交関係は、当初、被告が積極的に働きかけて始まったものであり、被告は、積極的に行動した。

被告は、同年一〇月二六日、前記「丁原」において、「別れてほしい。」と懇願する原告に対し、「別れない、籍がほしい。」と申し向けるなど、攻撃的に答えた。

3(損害の発生)

(一)  原告は、太郎と円満な夫婦関係を営んでいたが、被告と太郎との情交関係によって、原告は悩み、精神的に傷つくとともに、被告の積極的な働きかけにより太郎が原告に離婚を求め、原告と太郎との夫婦関係は危機に瀕した。

(二)  原告の平成二年二月二一日までの損害を金銭に換算すると少なくとも一〇〇〇万円を下らない。

二  被告の主張

1  被告と太郎との間に情交関係はない。

2  原告ら夫婦は、太郎が被告と知り合う以前から夫婦関係の円満を欠いていたもので、現在仮に夫婦関係が危機に瀕しているとしても、被告に起因するものではない。

三  争点

加害行為に関して、情交関係の有無及び加害行為の態様が、損害の発生に関して、加害行為との因果関係がそれぞれ争点となっている。

第三争点に対する判断(判断にあたって用いた書証はいずれも成立に争いがない。)

一  加害行為

1  被告の行動

当事者に争いのない事実及び《証拠省略》によれば、被告は、平成元年四月ころ、太郎と知り合い、そのころから太郎は、被告と付き合うようになり、深夜まで家に帰らないことが多くなったこと、太郎は、遅くとも平成元年一〇月ころから名古屋市東区《番地省略》所在の戊田マンションを借りていたこと、同マンションの太郎の部屋に洗濯ものが干してあったこと、太郎は、自宅から同マンションへ食器類を持ち出したり冷蔵庫を買ったりしたこと、平成二年二月中に前記マンションの太郎の部屋の電話を利用して、五回にわたりフィリピンへ電話がされていること等の各事実が認められ、右によれば、太郎が被告に前記マンションの部屋を利用させていたことが推認できる。

そして、当事者間に争いのない事実及び《証拠省略》によれば、被告は、太郎とともに、平成元年七月二八日から同月三〇日にかけてフィリピンを旅行したこと、被告は、太郎とともに平成元年一〇月ころ下呂に旅行したこと、そのころ、太郎は、原告に対し、被告と一緒になりたいから別れてくれといったこと、原告は、同年一〇月二三日、被告に会って、夫と別れてほしいと申し入れたが、それに対し、被告は、「別れない、籍がほしい。」と攻撃的に答えたこと、太郎は、被告あての、あるいは被告が送金人であるフィリピンへの送金の領収書を所持していたこと等の事実が認められ、右事実に、前記認定の、太郎が被告にマンションの部屋を利用させていたことを併せて勘案すれば、一連の被告と太郎の行動が情交関係に基づくものであったことが推認できる。

3  被告の主観的態様

《証拠省略》によれば平成元年六月、原告は、太郎に連れられ前記「丁原」に行き、被告を紹介されたこと、紹介される前後一回ずつ、被告は、原告が太郎と営む鰻屋に食事に来たことが認められ、これらの事実によれば、被告は太郎に妻子があることを知って前記情交関係をもったものと推認できる。

二  損害の発生について

《証拠省略》によれば、被告が太郎と情交関係を持つに至るまでは、原告と太郎との夫婦関係は平穏であったが、被告と太郎との情交関係によって、太郎が原告に離婚を求めるようになり、鰻屋を手伝いながら原告は悩み、精神的に傷つくとともに、原告と太郎との夫婦関係が危機に瀕したことが認められるけれども、一方原告は、結婚して既に二〇年近くたち鰻屋の女主人としての確たる地位もあり、舅らも原告の気持を理解していること、被告の在日期間中太郎は家業を疎かにするわけでもなかったし、現在まで原告と同居を続けていることを総合勘案すると、原告の右精神的損害は、たかだか一〇〇万円と認定するのが相当である。

三  よって、原告の請求は、一〇〇万円及びこれに対する平成二年二月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。(なお、甲一の一、二については、被告は、違法収集証拠であるから、違法収集証拠排除の原則を適用し証拠として採用すべきでない旨主張する。原告の主張の法律的根拠は必ずしも明らかではないところ、民事訴訟法は、いわゆる証拠能力に関して何ら規定するところがなく、当事者が挙証の用に供する証拠は、それが著しく反社会的な手段を用いて採集されたものである等、その証拠能力自体が否定されてもやむを得ないような場合を除いて、その証拠能力を肯定すべきものである。この点を検討するに、たしかに、《証拠省略》によれば、甲第一の一、二は原告が前記戊田マンションの郵便受けの中から太郎に無断で持ち出して開披し、隠匿していた信書であることが認められ、夫婦間の一般的承諾のもとに行われる行為の範囲を逸脱して取得した証拠であることが伺われなくもないが、前記認定のとおり、太郎は、被告との関係を原告に隠そうとしていなかったこと、太郎は現在も被告らと共に鰻屋を営んでおり、原告と同居していることがみとめられる(原告本人)のであるから、右証拠収集の方法、態様は、民事訴訟において証拠能力を否定するまでの違法性を帯びるものであるということはできないと考える。)

(裁判長裁判官 笹本淳子 裁判官 生野考司 鈴木芳胤)

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